html5jリーダー白石俊平の素顔に迫る!完全燃焼体験という信念

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株式会社オープンウェブ・テクノロジー

代表取締役

白石 俊平

株式会社オープンウェブ・テクノロジー代表取締役として、Web標準技術に関するコンサルティングや開発に従事。Web技術者向け情報メディア「HTML5 Experts.jp」初代編集長や、日本最大(5,000名超)のHTML5開発者コミュニティ「html5j」管理人を務める。Google社公認Developer Expert (HTML5)、Microsoft社公認Most Valuable Professional (IE) 、また著書に「HTML5&API入門」(2010, 日経BP)、「Google Gearsスタートガイド」(2007, 技術評論社)など。監訳に「実践jQuery Mobile」(2013, オライリー)などがありエンジニアからライターまでIT・Web業界で幅広い活動領域をもつ。

・Webサイト:OpenWeb
・Twitter:@Shumpei
・ブログ:白石俊平がいたころ

日本最大のHTML5開発者コミュニティ「html5j」のリーダーを務める白石氏。「完全燃焼体験」を求めて活動領域を広げ続ける白石氏が目指すものとは?

「ウイルスを“つくる”?」プログラミングと出会った学生時代

― まずは学生時代について教えてください。

プログラミングをやりはじめたのは、実は就職してからです。大学卒業後、入社したところでJavaプログラマーとしてのキャリアをスタートしました。文系の大学だったのでプログラマー以外にも就職先の選択はあったのですが、アルバイト先の上司がきっかけで「プログラミング」という行為の存在を知ったのが一番のきっかけです。

本屋さんでアルバイトをしていたのですが、当時の店長ととても仲が良く家に泊まりにいったりしていました。ある日、店長がぼやいてて、何かと思ったら「友達から貰ったゲームにパソコンのウイルスが入っていた」と言うのですね。そしてその店長はプログラミングでウイルスをつくって仕返ししてやるんだ、とプログラミングの技術書を勉強していました。そのときに初めて「ウイルスを“つくる”なんてことがこの本を読むと出来るようになるのか」と感じたのがプログラミングに興味をもったきっかけです。

フリーランスエンジニアからライターへ転身し、独立。

― エンジニアとして入社した後のキャリアを教えてください。

新卒で入社した会社ではJavaのエンジニアをやっていました。何度かの転職を経て、2005年にフリーランスとして独立した後は、プロジェクトのマネジメントやアーキテクトを担当しました。技術が大好きだったので自分の専門知識をもってクライアントの要望に応えるシステムをつくるというのは楽しかったのですが、次第にルーチン化してきてしまっていることに気付き、2年後の2007年に一旦エンジニアを休業しました。

休業後、何をするかは特に考えていなかったのですが『Java World (ジャバ・ワールド) 』というJavaの専門誌に記事を寄稿した経験がきっかけとなり、知人から大手Webニュースメディアで記事を書かないかと声をかけられ、さしたる考えもなしに、物書きで生計を立てるようになりました。

その後、1年間は記事を書いたり、本を出したりと執筆活動に専念しました。エンジニア休業だ!といってライターをやってはいたものの、書いていたのは主に技術の解説記事でした。当時はWeb2.0ブームの終盤で、新しいWeb APIやオープンソース・ソフトウェアが毎日のようにリリースされていましたから、新しい技術のニュースに飛びついては記事を書く日々を繰り返していました。自分の名前で本を書いてみたいという夢が叶ったときはとても嬉しかったです。

起業後すぐの難関プロジェクトで学んだ“見積り”の大切さ

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― 起業時のエピソードについて教えてください。

ライターとして1年間ほど活動したあと、友人と2人で会社を立ち上げ、一番最初に受けた仕事が「Google Gears(グーグルギアーズ)」という当時まだ出来たばかりの技術を研究するプロジェクトでした。Gearsに関する書籍を出版したので、その関係で仕事を依頼されました。オフラインWebアプリを作れるGoogle Gearsは、当時世界的にみても開発事例がゼロに等しく、研究開発は本当に辛かったです。(笑)

特に一番つらかったのは、ぼくがプロジェクトリーダーを務めていたのですが、納期に間に合わないという現実を直視することになった時です。いま振り返ると、クライアントとの自分たちの間でコミュニケーションが上手くとれていなかったことが原因だったと思います。「善処します」と言ったつもりが「コミット」として認識されていたり、タスクの優先順位のつけ方がちがったり…。

そのときに助けられたのが『アジャイルな見積りと計画づくり』という本です。「こうあればいいのに」という期待で見積もるのではなく、未来の不確実性と有限のリソース、という制限を見据えた上で、顧客と率直に、頻繁にコミュニケーションを行っていくというリアリズムにとても共感しました。エンジニアの皆さんにはお薦めの本なので是非読んでみてください。

死にかけの技術から生まれたメガコミュニティ「html5j」

― 白石さんがリーダーを務める「html5j」について教えてください。

html5jは、現在6,400名が登録する日本最大級のWeb技術者コミュニティです。ぼくたちが「部活」と呼んでいる関連コミュニティは14個あり、とにかく最先端の技術をさわってみる「Web先端技術味見部」や業務系システム開発に従事するエンジニアが多く集まる「html5jエンタープライズ部」など、それぞれの目的に応じて日々勉強会やイベント活動を行っています。

―html5jを作ったきっかけについて教えてください。

このコミュニティを作った理由ですが、実はGoogle Gearsがきっかけなのです。半年間の研究開発プロジェクトが終わり、ぼくたちが持っていた強みといえばGoogle Gearsのみでした。しかしそれに反してGoogle Gearsの技術は更新が滞っていく一方で言わば死にかけの技術となっていきました。唯一、ノウハウを持っている技術が廃れていくのを見てこの先どうすればいいんだろう?と考えている最中、Google IOというイベントのニュースを見て、転機が訪れました。

Google社主催なので自社製品や技術の話が多いのですが、この2009年のイベントではなぜか、自社製品でもなく、実体すらまだ定かではない「HTML5」を大々的に宣伝していたのです。どうしてGoogle社がそんなことを?と疑問に思い調べてみると、なんと廃れたと思っていたGoogle GearsのコンセプトがすべてこのHTML5に組み込まれていたのです。ドキュメントを見てみると「thanks to Google Gears」という記載があったのを見て、自分たちのノウハウを活かすにはこの新しい技術HTML5に懸けるしかない!と思い、Google社に「HTML5の開発者コミュニティを作りたい」と申し出ました。

html5jでの活動を通じて得た発想と心の自由

― コミュニティを作ってからの活動について教えてください。

hmlt5jの前身となる「HTML5 Developers JP」が誕生したのは2009年です。Google社が正式にHTML5の開発者コミュニティを設立したのは当時話題になり、あっという間に人が集まりました。現在に至るまでその盛り上がりは継続しており、新しい部活動がたくさん生まれたり、2000名が応募した大規模イベント「HTML Conference 2013 」を開催したり、HTML5 Japan Cupという大規模なコンテストを立ちあげたりしました。

コミュニティ活動を継続していく上で、仕事との両立で悩むことがあったのですが、昨年(2013年)頭に「お金なんてどうでもいいや!」と自分が今やりたいコミュニティ活動だけに舵をきってみたのです。そしたらその瞬間に発想がすごく自由になって、翌年は積極的に自らイベントを企画したり、活発に動きました。それはもう楽しくて、いま自分は本当にやりたいことだけをやっているんだという感覚を体験できました。また同時に、このコミュニティの存在がWebデザイナーやエンジニアはもちろんのこと、様々な企業や団体の役にも立っていると感じることができたのは素晴らしい経験になりました。

html5jリーダー、卒業します

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― 白石さんのこれからについて教えてください。

まず5年間務めてきたhtml5jのリーダーは、今取り組んでいる「HTML5 Japan Cup(5jCup)」をもって卒業します。すでに後任の方もほぼ決まっているので、今後はその方にコミュニティ全体の運営をお任せする予定です。

退任することにした理由は、昨年一年のおかげで、コミュニティ活動はある程度「やりきった」と思えたからです。活動を拡大する方向に舵を切らなかったら味わえなかった、大きな喜びも苦しみも体験しました。今後は、コミュニティやイベントに関わるスタートアップを興して、コミュニティという現象をより広く、力強く支援していきたいと考えています。

座右の銘は「とりあえず、やってみる」

― 最後に、白石さんの目標について教えてください。

若いころ、開発現場で経験した修羅場が自分を成長させたきっかけになったからなのか、自分を完全燃焼させたいという思いが常にあるのです。寝食を忘れるほど熱中する、という経験に憧れる自分が常にいるというか。ただ、つい最近までどうやったらそれが実現できるのかがわからなかった。

でも、その答えは実にシンプルでした。楽しいと思えることであれば、寝食を忘れて取り組めるのです。失敗するかもしれない、食えなくなるかもしれないという恐怖はもちろんありますが、それでもやりたいことをやってみる。それが今の自分にとって、家族の次に価値のあることです。

スティーブ・ジョブズが「もし、今日が人生最後の日だったら…(If today were the last day of my life)」という言葉を遺しています。最近、ほんのわずかではありますが、その気持ちがわかる気がしてきました。「人生、やりたいことをやる」という考えにシフトしたら、自然と「残りの人生で、やりたいことがいくつ出来るだろう」と、人生の残り時間を意識し始めたのです。

これまでの人生、何かを培ったのかもしれないし、一方で何も持っていないのかもしれない。それでも自分には価値のある何かがあると信じて、残された時間を完全燃焼したいと思っています。

geechsマガジン記者手記

21cafeが発足した当初から勉強会やイベントでお会いしてきたhtml5jリーダー・白石さんの卒業宣言に驚きました。ただ完全燃焼したいという言葉からもわかるように、熱く滾る想いでエ ンジニアという枠組みにとらわれず生きている白石さんは、これからも多くの人をその熱量で巻き込んでいくと思います。素敵なお話、本当にありがとうございました。


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